自由なキミへ

拝啓

この手紙を読んでいるキミへ。キミの人生は楽しいものだろうか。日々ワクワクしながら生きているだろうか。私は知っている、キミは楽しいはずだ。瞬間ごとに訪れる喜びの刺激に心躍り、未来への期待に胸を膨らませる、そんな素敵な毎日を過ごしているはずだ。

もしかしたら、この手紙は誰にも読まれることなく消え去っていくのかもしれない。でも、それでもいいと私は思っている。もしも運よくこの手紙を手にし、そしてその中身をみることができたとしても、おそらくキミはこの手紙の意味することは何も分からないだろう。しかしそれが、いや、その事実こそがキミにとっての幸せなのだ。

「この世」には多くの世界が存在している。その中の一つの世界、私の住む世界が滅びてしまった。厳密にはまだこの世界の寿命は百億年ほど残されているが、今となってはその時間に意味はない。私たちは知りすぎてしまったのだ。「この世」の法則はすべて明らかになり、どんなことも予測可能となった。自分がこれからどんなことをして、どんな成果を残すのか。そしていつ死ぬのか。すべてはもう分かっている。もちろん、今日これから何が起こるのかも何年も前から知っている。この世界の私たちは、何十回も見た映画をもう一度見させられるような感覚で日々を生きる他ないのだ。こんな世界に意味があるだろうか。

きっとキミには信じがたい話だろう。もしかしたらキミはこう思うかもしれない。予想された未来とは違うことをすればいいのではないか、と。そう、私たちもそう思っていた。でも無駄だった。予想の逆を行こうとする者の意志すらも私たちはすべて計算できてしまうのだ。だれがいつ、どういう風に予想の逆の行いをしようとするのか、そしてその結果がどうなるのか、それすらも私たちには分かってしまっている。もう未来に抗おうとする者はいなくなった。今や私たちは、決められた通りの未来を演じる道化のような存在だ。

だから私は「世界X」を作った。この絶望的な世界でも、「世界X」の創造作業だけはなかなか楽しいものだった。考えるだけでワクワクする世界なのだ、「世界X」とは! 人類がまだ何も知らない世界、そこに住む人が誰も未来を知らない世界、そんな素晴らしい世界が「世界X」である。私たちの世界の人間も、多くがこの「世界X」に移住することになる。(移住するときには元の世界の記憶は消去させてもらうが。)「世界X」に住む者には、未知への不安と希望に満ちた毎日が待っている。

でも、勘のいいキミは気づくかもしれない。結局は「世界X」にも終わりが来るんだろう、と。おまえたちの世界が滅んだように、「世界X」もいつかすべてを知り尽くしてしまう時がくるのだろう、と。安心したまえ、「世界X」に終わりが来ることはない。わたしは「世界X」からひとつの「答え」を隠したのだ。『どうしてキミは「この世」に存在するのか』この根本的な問いの答えは「世界X」の中にいる限り永遠に見つからない。ゆえに、キミは「世界X」を知り尽くすことはできない。

おめでとう、キミの未来は永遠だ。そしてなにより、キミは自由だ。

敬具

キミの世界を作ったものより