稚児の苦悩 1

吾輩は赤ちゃんである。

こんな風に「大人」ならば書き出すのだろう、実にアホらしい。「大人」というものは本当に困った生き物である。

先日もこんなことがあった。デパートへと生みの親を連れて出かけたときのことだ。そこのデパートの案内嬢が「かわいいでちゅねー、何歳でちゅかー?」などと話しかけてきた。

この私を舐めてるのか。

まあ確かに、私はまだおっぱいしか飲めないし、もちろん一人で歩くこともできない。

しかしそれにしても、「でちゅかー?」だと?

いい年をしてそんな言葉遣いをしているような幼稚な人間に、この私を赤ちゃん扱いしないでもらいたい。

そう言いたいが、ううー、しかしゃべれない。困ったものだ。

そうだ、ほとんどの「大人」が勘違いしているようだからこの場を借りてはっきりさせてもらおう。

私は「大人」の話す言葉をほぼ完全に理解している。たまにこの私に舐めくさった言葉を投げかけてくる「大人」もいるが、もちろん私にはその言葉の意味は分かっている。こっちが大人になって聞き流してあげているのだ。勘違いしないでもらいたい。

そして、私はしゃべれないのではない。声帯がまだ未発達なだけなのだ。本当はもちろんしゃべれる。しゃべったことはないが。

おっと、そうこうしているうちにお腹が空いてきてしまった。

私のような生まれてまだ間もない生き物にとっては空腹はとても危険な状態、なるべく早く対処しなければ。すうっと息を吸い込む。

ギャーー!!

生みの親が急いで私の元へと駆け寄り、私の様子をいろいろと探っている。なかなかやるではないか、生みの親よ。さすが私を産むだけのことはある。

だが油断は禁物だ。ここで半端な泣き方をしてしまうと「眠いのかな? よしよし、おねんねしましょうねー」などとトンチンカンな対応をされてしまう。

今にも死にそうな自分の姿をイメージし、本気で泣き続ける。

赤子も大変である。

この間などは、ちょっと油断して演技が甘くなった瞬間を見抜かれ、一時間以上も空腹のまま放置されたのだ。あれは本当に死ぬかと思った。

全力で泣きながらもチラチラと生みの親の様子を伺うと、どうやら私に母乳を与えようとしてくれているようだ。さすが、この私を産み落としただけのことはある。いいぞ、生みの親よ。

さてさて、ここで腹ごしらえをしたら、あの不思議な形をした物体でも口にくわえるか。最近歯茎が痒くてたまらないからな、あの不思議な物体は最近の私には必須だ。

そうと決まれば、この食事が終わった瞬間が勝負だ。生みの親が遠くへ行ってしまう前に、あの物体を物欲しそうな目と手つきで欲しがるんだ。

こんな演技は私にとっては朝飯前。生みの親は私の代わりにあの物体をとってきてくれるだろう。

自由に動けない身はいろいろと頭を使わなければならないのだ。きっと「大人」には到底できない芸当だろう。

……チュパ、チュパ。

ふう、だいぶ飲んでしまったな。そうだ、あの物体を……。だめだ、まぶたが重い、気持ちがよくなったせいか突然眠くなってしまったようだ。この続きは明日にしよう……。