ひとり 1

わたしは生まれてはじめての誘拐でワクワクしていた。

誘拐といっても「する方」じゃなくて「される方」ね。実はわたし、一度誘拐されてみたかったの。スリル大好き! でも、痛いのは嫌だしもちろん死ぬのも嫌。怖い思いも絶対嫌。だから今回の誘拐はわたしにぴったり!

まず、犯人はとっても優しい人なの。というか、隣に住んでる爽やかな笑顔の彼がわたしを誘拐した犯人。

毎日窓から覗いてたから彼のことはぜんぶ分かる。お話したことはないけれど。わたしが怖い目に遭いそうになってもきっと彼が守ってくれる。彼にはなにか事情があるんだわ。そうよ、そうに違いない。彼はほんとはいい人なの。そしてなにより彼はとってもイケメン!

もし彼がわたしのことを好きになっちゃったらどうしよう。

それにしてもひまねぇ。こうして車のトランクに押し込まれてたらおしゃべりもできないじゃない。誘拐される側も大変なのね。

いや、だめよわたし。そんな甘えたことをいっていたら彼に嫌われちゃうかもしれない。彼はきっと、初めての誘拐でわたしよりももっともっと大変なの。これからどうすべきか、警察から逃げながら必死で考えなきゃいけないんだから。

そうだ、どうせわたしはひまだしこれからのプランを考えておいてあげよっと! もし彼がわたしの完璧なプランを聞かされたら、もしかしたらわたしのことが大好きになっちゃうかも。

いろいろと計画を考えてみるが、途中からいつの間にか彼との恋愛の方へと妄想は脹らんでいってしまう。

確か今夜は、きれいなほうき星が空中を埋め尽くすって誰かが言ってたっけ。そんな素敵な夜空の下で彼がわたしに……。うふふ。

気味悪くにやけているポッチャリ体型の女をトランクに乗せ、車は闇夜の中へと消えていった。

意味が分からない。どうしてハゲなわけ!

トランクを開ける音でドキドキしてたわたしがバカみたいじゃない。しかもこのハゲ、よく見たら反対側の豪邸に住んでるアイツじゃない。どうしてあの彼じゃないのよ。もう最悪。

気づくとわたしは裸足で駆け出していた。こんな仕打ちをされるくらいならホームレスにでもなったほうがまし! そう思った瞬間背後から強い光が差した。なんだろう、例のほうき星かしら。

ふと、ホームレスになった自分の姿が頭に浮かぶ。あ、やっぱホームレスは嫌だなぁ。

ぽっちゃり女は光に吸い込まれていった。

朝起きた瞬間、ホームレスの生活を経験してみるのも悪くないと思った。

なぜそんなことを思ったのかは自分でも分からないが、どうしてもホームレスになってみたくなった。一週間後の彗星の影響だろうか、今日の自分は変だった。昨日まで自分が女だったような気がしているくらいである。とりあえずは目の前の公園で一週間ほど過ごしてみようか……。