ナイトメア

「ねぇだいちゃん、ビビってるの? めっちゃ面白いんだけど」

昔から俺は高所恐怖症だって言っているだろ、と頭の片隅で思いながらも、いまはそれどころではない。

ガタン、ガタン、ガタン……。

体が少しずつ位置エネルギーを高め、五感が全力で脳に危険信号を送っている。しかし、シートに体を完全に固定されているこの状態ではどうしようもない。

「ちょっとはまわりを見てごらんよ。ほら、富士山だよ」

そう言うのはと幼なじみのほのか。隣のシートでさっきからキャッキャと騒いでいる。

小学校の一年生のときから今に至るまで、ほのかとはずっと同じクラスだった。いつもいっしょにいたせいか、ほのかといっしょにいるとまるで男友達と遊んでいる感覚になる。

「そういえば大は、修学旅行で東京タワーを地上から見ただけで吐いてたよね。あのときは笑いすぎて、腹筋が痛かったなー」

こんなことになったのは全部ほのかのせいだ。

この間の昼休み、ほのかが突然自分の机の前にやってきて「だいちゃん、最近私に冷たい」と文句をつけてきた。母にもその話は伝わっているらしく、「ほのかちゃんを泣かせたら承知しないよ」とも言われた。お前は俺の母親であってほのかの母親ではないだろ、と突っ込みたかったが、ちょっと真剣なご様子だったので突っ込むのはやめておいた。

そんなこんなで、週末にほのかと遊園地に行くことになった。「いままで私に冷たくした罰」だそうだ。お金は母が出してくれた。

当日、悪夢で目を覚ました。なんの夢だったのだろう。思い出そうと頭の中を探し回るが、まったく思い出せない。いや、脳が思い出すことを拒否しているような、そんな感じがする。体もだるい。ほのかとの遊園地は別に嫌ではなかった。むしろ久しぶりの二人での外出を楽しみにしていたくらいだ。

なのになぜなのだろう、最近疲れているのかな、などと考えているうちに、ほのかが10分遅れで待ち合わせ場所にやってきた。

「ごめん、寝坊しちゃった。」

ほのかが待ち合わせに遅れるのは初めてだった。いつも10分前には集合場所にきていて、だいちゃん遅い! と文句を言うのがいつもの流れだった。何かがいつもとは違っていた。

「ほら、だいちゃん! ついにきたよ」

目をあけると、もうそこはジェットコースターの頂上付近だった。慌てて目をとじる。心臓がうるさいほどに脈を打っているのを感じる。

「くるよ、くるよ!」

……ガタン、ガタン。コースターの動きが止まった。かと思った次の瞬間、すさまじい勢いで落下が始まった。

「ぎゃーーーー!!!」

内臓が飛び出そうになりながら必死で正気を保とうとするが、次第に意識が遠のいていく。右に左に揺さぶられながら、ぼんやりした視界のなかで、俺は見てしまった。まわりの景色もほのかもまるで目に入らないのに、これだけははっきりと見えた。

目の前のジェットコースターのレールが途中で切れている。

建設途中? そんなはずはない。このままじゃ落ちるぞ、と思う間もなく、全身が宙に浮いた。何も聞こえない。やけにまわりが静かだ。

意識はぷつんと途切れた。

ふと気づくと、俺はシートに座っていた。コースターはとっくに動きを止めていたようで、あたりはやけに静かだった。俺たちはいつの間にかゴールに着いたようだ。視界がまだはっきりしない。

「……ほのか?」

そこで俺は異変に気づいた。まわりに誰もいない。ほのかも、ほかのお客さんも、そして従業員も。

慌ててシートから出ようとコースターのふちを掴むと、錆びていたその鉄板は簡単に割れてしまった。なんだこれは。ほのかが座っていたはずのシートに目を移すと、そのシートはホコリと泥にまみれていた。まるで何年も放置されたようなコースター、その中に俺は座っている。

そうだ、ここは……。

大がいま座っている場所は、十年前に事故で閉鎖された遊園地の、ジェットコースターのシートの中だった。