量子の導き 1

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それはリアルな夢だった。

スクランブル交差点を大量に埋め尽くしている人たち、田舎の大根畑でひとり立ち尽くすおじさん、高層ビルの中でパソコンに向き合うサラリーマンたち、それらの動きが突然シンクロする。

全員がぱっとその場に立ち上がったかと思うと、ぴったりと息を合わせるように同時に敬礼のポーズをした。いや、違う、これは敬礼じゃない。自分の手で自分のこめかみに銃を突き立てている。家で洗濯物を畳んでいた主婦も、公園でキャッチボールをしていたはずの子どもたちも、ひとりの例外もなく突然その場に立ちあがり、こめかみに銃を突き付けている。

あっと思う間もなく、世界は爆音に包まれた。

「おい、創(そう)ー!」

いきなり話しかけられてビクリとする。

「びっくりした。なんだよ友樹(ともき)」
「お前がぼーっとしてたから驚かせてやろうと思って」

気づくと授業は終わっており、昼休みの時間になっていた。周りはもう弁当を広げはじめており、中にはすでに食べ終わっているものもいるようだった。

「今日はあの雑巾野郎、どういたぶってやる?」

俺と友樹は悪友だった。教員たちは俺たちの動向にいつも目を光らせていた。気に入らない担任をいかにして学校から去らせるか、そんなことばかり考えている俺たちに教員たちが目をつけないはずがなかった。

「うーん、前回のいたずら電話作戦でだいぶ参ってるみたいだからな、当分はほっとけばいいんじゃね」
「お、創くんにしては珍しく優しいじゃん。とてもとても、担任の先生を自殺未遂にまで追い込む人間の発言とは思えないねぇ」

友樹は溢れんばかりの笑顔で大はしゃぎの様子だった。どうやら、一昨日の担任いじめでよっぽど気分をよくしたようである。だが俺は、少しばかりやり過ぎてしまったなと反省していた部分もあった。

俺たちのクラスの担任となって二ヶ月、前任の教員の穴を埋めるべく彼は奔走していた。おそらく根はいい人間なのだろう、俺たちをどうやって「あるべき」模範的な生徒として更生させるかずっと考えていたようだった。俺と友樹には特に気を使って接していた。

そんな彼が、もうやめてくれと涙ながらに懇願してきたあのときの光景が蘇ってくる。

昔から俺は教師という人種が嫌いだった。そもそも、普段目にする大人という生き物が嫌いだった。生まれ育ったこの街もこの国も大嫌いだった。

どうして学校なんかに行かなければならないのか。どうして大人はみな一様に同じようなことを言うのか。数学や歴史の勉強なんかで時間を潰すことは「正しい」ことなのに、絵を描いたりピアノを弾いたりして有意義な時間を過ごすことはどうして「間違い」なのか。会社員として人生の大部分を「消費」させられているのに、どうして大人はその現実に違和感を感じないのか。

どうして、みんながやっていることは「正しい」のに、誰もやっていないことは「間違い」なのか。

「おい創、どうして人間に欠点があるか知ってるか?」

唐突に全然違う話をしはじめる友樹。こいつのいつもの癖だ。

「なんだそれ。理由なんてないだろ」
「それがあるんだなー。進化論は知ってるだろ?」

友樹の話はほとんどが思い込みと妄想の産物なのでいつもは適当に聞き流すのだが、今回のテーマにはなぜか興味をそそられる。

「まあ大体の概要くらいは。人と猿は元々は同じ種だったけど、突然変異の結果で別々の個体になった、みたいなだっけ?」
「その通り。この地球上の生物は突然変異をするんだ。もし突然変異をしなければ種に多様性がなくなって、ちょっとした変化、たとえば気候の変動とか天敵の出現とかでいきなり絶滅しちゃったりするからね」
「それがどう人間の欠点に関係するわけ?」
「いい質問だ」

例の担任の口調を真似てふざける友樹に少しイラつくが、続きが気になるので黙っててやる。

「もし人間が完璧だったら、遺伝子は完璧に複製されるはずだろ。そしたら遺伝子には理論上、物理的変化は生じないことになる。そうしたら人間に突然変異は起こらなくなってしまい、種として絶滅するリスクを高める結果になってしまう。証明終わり」

したり顔で思いつき理論を口にする友樹はいつも癪に触るが、今回の理論はまずまずの出来だったのでよしとしよう。

「つまりだ、友樹みたいな欠点だらけのヤツの方が、種としてはより優れているってわけだな。よかったじゃん」