次の日の朝、学校に連絡して今日は休む旨を伝えた。
どうして過去が変えられなかったのだろうか。もうこの能力は失われてしまったのだろうか。昨日は気づいたら眠りに落ちていて、起きたときには朝の十時を回っていた。しばらくまともに寝ていなかったため、久しぶりに熟睡ができて気分が落ち着いているのが分かる。
ふと思い立ってベッドから飛び起き、部屋じゅうを見て回る。両親はいない。やはり能力はなくなってしまったのだろうか。過去を変えることはできなかったが、意外にも気持ちは穏やかだった。また眠気が襲ってきた。少し寝よう……。
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「お前、ズル休みしてあのゲーム一日中やってただろ」
友樹がいつものように俺に難癖をつけてくる。昨日は体調が悪くてずっと寝てたと言ったが、まったく信じていないようだ。
たった一日学校を休んだだけだったが、なぜかとても久しぶりに学校に来た気がした。気分はこれ以上ないくらいに爽快だった。あの死にたくなるほどの激痛も夢だったのではないかと思えるくらいだ。一日が何事もなく過ぎていく。
こんな毎日がずっと続くといいな、そんなことを思いながら学校からの帰り道を歩いていた。日はとっくに落ちていた。ふと、人通りの少ない小道の脇に見慣れないバンが止まっているのが目についた。いつもなら気にも留めないが、なぜか今日は嫌な予感がした。
バンの横を通り過ぎようとしたそのとき、俺の予感は的中していたのだと悟った。バンの後ろに隠れていた男に突然頭をバットで殴られた。鈍い音が頭の中で響く。薄れゆく意識の中で、頭蓋骨は意外に硬いんだな、などと場違いなことを考えていた。
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気づくとそこは地下室のようだった。パイプ椅子に手足を縛られている。まわりにはガラの悪い男たちが数人いた。一人は歯がほとんどない気味の悪い男で、ナイフをいじくり回している。この男が主犯格のようだった。
「目が覚めたか?」
もう一人の太った男が声をかけてくる。その手にはペンチらしきものがあった。なるほど、そういうことか。
「雑巾野郎の差し金か」
「おう、察しがいいねぇ、近頃のガキは一味違う」
歯なしの男はニタニタ笑いながら太った男に指図する。太った男がペンチをカチカチさせながら近づいてくる。さっそく俺の威勢を削いでやろうという魂胆だろう。
こいつらはこういうことに慣れているようだった。目的は金のためだけじゃない、そう直感した。おそらくこいつらはこういうことを過去に何度も繰り返している。自分の欲を満たすために。
俺は左手を力いっぱい握った。
その瞬間、目の前の景色が歪んだ。おい、どうした、などと男たちの声が遠くで聞こえる。一日ぶりの激痛は凄まじく、荒れ狂う大波に全身を引きちぎられているようだった。そのまま知らない男たちに拷問を受けていた方がよっぽどましだったじゃないか、などと後悔する間もなく意識は奈落の底へと落ちていった。
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俺はいつの間にか自分の家のベッドで横になっていた。俺の過去を変える能力は消えてなどいなかった。
だるい体を動かしやっとのことで端末を操作すると、どうやら過去が大きく変わっているらしいことが分かった。どのように変わったのか詳しく知りたい気持ちもあったが、あまりの疲れのためそのまま眠りに落ちてしまった。
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俺たちの新しい担任の姿はそこにはなかった。目の前で、俺が自殺未遂にまで追い込んだ教員が元気に板書をしていた。この教員は二ヶ月前に学校を去ったはずだった。ホッとしたせいか気が抜けてしまい、目には自然に涙が溢れていた。
「おい、お前……」
いつもなら茶化してくる友樹も、今回ばかりは俺のことをそっとしておいてくれた。