こんなお話を考えてみましょう。
『私やあなたが生きているこの世界は、実はすべて夢の中の出来事でした。ですので、あなたの目が覚めたらこの世界はなくなってしまいます。あなたのお友達も、この地球も、目が覚めたらすべてなくなります。そのときにあなたは、自分が本当は、夢の中の世界とは全く違う本物の世界の住人であることに気づくでしょう。その本物の世界にはもちろん、あなたのお友達もこの地球も存在しません。それどころか、人類も重力も、論理的な思考すら存在しません』
このお話が嘘だと本当の意味で証明することはできません。
なぜなら、夢の世界で自分がいくら頭をひねって、答えはこれだ! と確信したとしても、それはただの夢なのですから。
(私もよく夢の中で「世紀の大発見」をしますが、朝起きて冷静に考えてみると、それは何の根拠もない妄想だったりします)
ここからが本題です
哲学には以下のような問いがあります。
『この世界はなぜ存在するのか』
『この世界はどこからはじまったのか』
『この世界に終わりは来るのか』
これらの問いは本質的な問いとされています。
たとえば『どうしてプリンは美味しいのか』という問いがあったとします。
哲学では、その問いにさらに踏み込みます。
『そもそも味覚とは何なのか、美味しいとはどういうことか』
『それ以前に、美味しいと感じている私は何なのか』
『ってか、私のいるこの世界って何なんだ』
このように問いが問いを呼び、最終的に行き着く問いの一つが「世界」の問いです。
しかし、もし先程のお話が真実であれば、これらの問いには何の意味もないことが分かります。
なぜならその世界は夢だったのですから。
そもそもそんな世界は存在しないのですから。
もう一度言いますが、先程のお話が嘘だということは証明できません。
こんな哲学なるものに、一体何の意味があるのでしょうか。
いや、どんな意味もないでしょう。
だって最初から、答えなんて分からないのですから。
それって「哲学」だけじゃなくね? とか思った人へ
たとえば数学や物理学や宗教の世界では事情が違います。
なぜならば
数学は仮定から出発するからです。
物理学は実験結果が「真実」だからです。
宗教は物語こそが「真実」だからです。
「哲学」の駄目なところは、仮定にも疑問が生じえるということです。
本当にこの仮定は正しいのか? という疑問が「哲学」では正当化されます。
先程の夢のお話のように、絶対的な真理が存在しないこの世界で絶対的な仮定などないのに、です。
数学では仮定が「真実」なので、前に進むことができます。
x=2 だと仮定したら 3x=6 で終わりです。
本当に x は 2 なのか? などという問いは生まれないのです。
物理学では実験結果が「真実」なので、前に進むことができます。
ピッチャーが投げる球の速さが 2倍になると、キャッチャーが受ける衝撃は 4倍になりました。
それこそが物理学の「真実」です。
なぜ 4倍なのか? などという問いは生まれないのです。
宗教は物語が「真実」なので、前に進むことができます。
キリスト教では聖書の言葉こそが「真実」です。
本当にキリストは存在したのか? 汝の敵は愛さなければならないのか? などという問いは生まれないのです。
もしかしたらこの世界が夢で、すべてが無意味かもしれません。
それでも我々は、この世界が夢じゃないことに賭けて、前に進むしかないのです。
このページの意図
実は、私は哲学が無意味だとは思っていません。
むしろ逆に、哲学のアプローチには大変な興味を持っています。
『哲学は無意味』としたらどんな矛盾が生じるのか、それを調べてみることがこの本文の隠れた趣旨でした。
なので、次は『「哲学」は無意味である、は無意味である』で自説を完全論破予定です。
(もしくは誰か論破してください)
(2019/8/28 追記) 哲学の定義について
あ さんより以下のようなコメントをいただきました。
哲学を定義してほしい
分かってるいると思うけど、philosophyの原義のままなら、数学も物理学も経済学も哲学の範疇。ドクターの称号がPh.D(Philosopher)の様に。
まず大前提として、「哲学」という言葉が指し示す概念は明確ではありません。
西洋哲学と東洋哲学とを比べてみても全く異なりますが、それ以前にそもそも哲学が「学問」であるのかすら専門家の間でも議論が分かれるほどです。
ですので、哲学の定義というのはそう簡単にできるものではありませんが、まあここはわたしの世界なのでわたしが勝手に定義してしまいます。
(Fully Hatter の哲学の定義)
ソクラテス、プラトン、アリストテレスなどの古代ギリシャ哲学を起源とする西洋哲学から、現代の数学や物理学などの確立された学問の要素を取り除いたもの。学問の一種。倫理学も哲学として含む。特に数式などは使用せずに自然言語を用いてなぜなぜを繰り返すことが大きな特徴。
どなたでもご自由に書き込んでください。
Fully Hatter が愛をもってご返事いたします。