あなたにとっての「幸せ」は?

〜「幸せ」の定義を科学しよう〜

今回のお話は以下のお話に関連しています。以下をまだ読んでない人は先にこちらを読むといいかもしれません。
「幸せ」を目指してはいけない

このページを開いたそこのあなた!
まさか、あなたにとっての「幸せ」は何なのか、答えがここに書いてあるんじゃないか、なんて思っていないでしょうね!??

ぶっぶ〜、ざんねんでした〜。

ここにはそんな答えはありません。
そんな、あなたにとってとても重要な人生の問いを赤の他人にゆだねてはいけません。

とまあ冗談はこのくらいにして、今回の問題は、あなたにとっての「幸せ」とは? です。

こういった問題は大抵、過去の偉い人がいろいろと考えてくれています。
その先人の知恵を活用しない手はありません。

以下、先人の知恵の要約。

ゼノン(紀元前300年、キプロス島キティオン出身の哲学者)

幸福とはアパテイア、つまり、宇宙の真理と一体化し、欲望を完全にコントロールして理性的な人になることである。

エピクロス(紀元前300年、古代ギリシアの哲学者)

幸福とはアタラクシア、つまり、精神的な快(安定した心、苦痛と混乱の対極となる精神状態) である。

古代中国の人間訓(紀元前2世紀の「淮南子」に掲載)

人生万事塞翁が馬。
(人生最後まで、何が幸せで何が不幸かなんて分からんよ)

イエス・キリスト

人間はみんな犯罪者。
努力して幸せになるのは不可能。
神の福音によってのみ幸せになれる。

アブラハム・マズロー

人間の欲求は複数の階層に分かれている。
「食べたい」「寝たい」などの基本的な欲求が満たされてはじめて、より高度な「尊敬されたい」などの欲求が生じる。
一番高度な欲求は「自己実現の欲求」。

ふむふむ。

面白いくらいにみんなバラバラなこと言ってますね。
というか、何となく思いついたことをそれっぽく言ってるんじゃね? (キリスト様以外)
そもそもよく意味分かんないし。(キリスト様以外)

Fully Hatter が知りたいのは「あなた」にとっての「幸せ」じゃないのです。
「あなた」とはなんの関係もない、時代も違う「私」にとっての「幸せ」はなんなのか? ってのを知りたいのです。

こういうことを考えるときには、まずは「事実」からスタートするといいです。
そうじゃないと、私はこう思いました、みたいな小学生の読書感想文レベルで終わっちゃいますからね。

マイヤースさんの研究によって発見された「事実」は以下です。

  • (ある程度豊かな国では)経済的豊かさと幸福度には相関がない
  • 「独身」よりも「既婚」、信仰が「浅い」よりも「深い」、自分が「嫌い」よりも「好き」、「悲観的」よりも「楽観的」、「内向的」よりも「外交的」である方が幸福度が高い傾向にある
  • 人に感謝すると自分の幸福感が増す傾向にある
  • 人に親切にすると自分の幸福感が増す傾向にある

ほら、とっても有意義じゃないですか!
どんなに偉い人が「幸せ」はこういうものですよ、とか言ったとしても事実の強力さには及びません。
こういう「事実」を眺めていると、なんとなく「幸せ」の姿が見えてくるような気がします。

以下、「幸せ」についての私の考えです。

私が発見した「事実」は以下です。

  • 人類が現在まで絶滅せずに生き残っているのは奇跡である
  • どういうときに「幸せ」を感じるかで、その人の選択は大きく変わる

この事実から辿り着いた私の結論は以下です。

『今の我らが「幸せ」とは何かを考えようなんて、足し算引き算もできないくせに微分積分をやろうとするようなものだ』

人間が絶滅していないのは一つの奇跡です。
そしてその奇跡は、人がどういうときに「幸せ」を感じるのか、ということに基づいています。

人は、これ美味しいな、と思ったものを食べます。
人は、いいな、と思った人に近づきます。
人は、気持ちいいな、と思った場所に住みます。

「幸せ」というひとつの指針に、人の選択は大きな影響を受けます。
もしこの「幸せ」という指針が狂っていたらどうなるでしょうか?

一瞬で人類は絶滅するでしょう。

たとえば、人がライオンの脅威に「幸せ」を感じるようになった瞬間、人はどんどんライオンに食べられて、やがて絶滅するでしょう。
たとえば、人が痛みを「幸せ」と感じるようになった瞬間、人は自分の体をどんどん痛めつけ、やがては自分を死に至らしめるでしょう。
たとえば、人が食事に「幸せ」を感じなくなった瞬間、人は物を食べなくなり、やがては飢えて死ぬでしょう。

「幸せ」とは、人間という種を絶滅させないようにする汗と涙の結晶です。
良いか悪いかなんてくだらないお話ではありません。
人間という種が死に絶えるか生き残るかという切実なお話です。

たとえ自分が「正しくない」ように思えることに「幸せ」を感じたとしても、それはもしかしたら人類が生き残るために必要な「幸せ」なのかもしれません。
もし人類から安易にその「幸せ」を取り除いてしまったら、もしかしたら人類は破滅への道を歩んでしまうかもしれません。

逆に、一部の人が感じる「幸せ」は本当の「幸せ」ではないのかもしれません。
悟りの境地が「幸せ」だと信じて、すべての人間を悟りの境地に導いてみました。
そしたらなんか、人類滅亡しちゃいました。
この場合は、悟りの境地は実は「幸せ」ではなかったのだといえるでしょう。

生態系の仕組み、自然淘汰の仕組み、脳の仕組み、そんな基本的なことも分からない我々に、この「幸せ」が正しい、なんて言えるはずありません。
今の我々にできることは、この「幸せ」にはこんな意味があるのかもな〜、なんて、ただただ想像を巡らせるくらいのことでしょう。


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キング牧師
最大の悲劇は、悪人の圧制や残酷さではなく、善人の沈黙である。


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Comments

1. 小野瀬 さん
[2017/09/11 14:09:00 JST(UTC+09:00)]

幸福とは、遠くの未来に有る限り光彩を放つが、捕まえてみると、もうなんでもない。(アラン)

キリスト教は信者獲得のためにキツイ言葉を使うな。やっぱ嫌いだ。

幸せとは、存在しない不幸せを生み出し、不幸せへの恐怖を煽って信者や顧客を獲得するために権力者が好んで使う常套句である。(俺)

2. Fully Hatter さん
[2017/09/11 15:56:00 JST(UTC+09:00)]

>> 小野瀬 さん
余計なお世話だが一応。

宗教に対してのコメントは極めて慎重に書いた方がよいと思う。
宗教批判は、リターン少ない割にリスクがデカすぎる。

俺は、キリストの言葉を入れようかどうか、実はとても迷った。

3. 小野瀬 さん
[2017/09/11 16:21:00 JST(UTC+09:00)]

そんなんで乱すようじゃどの宗教でも修行が足りん!
それに、宗教を本当に生活に取り入れている人たちは他人の思想・意見に寛容な場合の方が圧倒的に多い。日本だけだよそんなこと言ってんの。多種多様な宗教・思想があって当たり前という世界を知らないで「現代社会」という宗教が大部分を支配する日本では、その感覚が身につきにくいのも分からなくもないが、もうそんな時代じゃねえ。
そして必要以上に周りの目を気にして発言を控えることこそ、幸せから最も遠いと俺は思う。それこそ宗教じみてる。

まあそもそもキリスト教だけでなく仏教、神道、ヒンディー教、イスラム教、ギリシャの神話からエジプトの壁画の伝説、陰陽道からタントリズムまで趣味で調べまくってる俺からすると、現代社会が1番害悪のある宗教・思想だと思うから叩くならそっち叩くさ。

4. Fully Hatter さん
[2017/09/11 21:12:00 JST(UTC+09:00)]

>> 小野瀬 さん
まあ、そんな感じの信念があるならいいか! (ちなみに私は宗教のことはあんま知らん)
ちなみに「現代社会」って資本主義のこと? 民主主義のこと? それとも無宗教とか科学のこと?

>> キリスト教の素晴らしきみなさま
Fully Hatter は彼とは違う意見なので、小野瀬を暗殺するときには私は殺さないでください。
キリスト教、いいと思います。塩狩峠めちゃ好きです。

5. やまげ さん
[2017/09/12 01:00:00 JST(UTC+09:00)]

ここでフリーハッターさんが言ってる「幸せ」って本能や遺伝子の命令って言葉に置換できると思うんだけど、フリーハッターさんは人間は所詮、利己的な遺伝子の乗り物にしか過ぎないと思ってる?

6. 小野瀬 さん
[2017/09/12 14:04:00 JST(UTC+09:00)]

「画一的な教育によって考える力が失われた人間による、目に見えないものを必要以上に無価値化した教義を持たず明確な教祖も認識できないまま『常識』の名のもとに善悪が定められ社会のために己を犠牲にすることが良しとされがちな、民主主義の皮を被った新しい形の社会主義的思想」
というイメージ。
現代社会という宗教そのものをうまく表現するのは難しいけど、信者を見分けるのは簡単だ。他宗教への理解や寛容さが少なく、必要以上に他の思想を警戒する傾向にある。

ところで、なぜ己を愛するように隣人を愛せる優しいキリスト教徒が暗殺などという愛なき行動をすると勘違いしているんだい?

7. Fully Hatter さん
[2017/09/12 21:16:00 JST(UTC+09:00)]

> やまげ さん
待ってました!笑

まず、「幸せ」は本能や遺伝子だけでなく、経験にも大きく左右されると思います。
根拠は私の経験則です。(つまり、ただの勘です。)

本文でも書いていますが、私のスタンスは
『今の人類が「幸せ」について語ろうなんて100億万年早い』
ってことなので、上の私の考えは何の根拠もないただの憶測だということを強調しておきます。

そして、「利己的な遺伝子」についてですが、質問の意図を以下のように捉えます。違ったら指摘してください。
『人間の運命は生まれた環境(生まれもった遺伝子、家庭環境、育った地域、交友関係など)によって決まると思うか?』
(「利己的な遺伝子」作者のドーキンスさんの意図はそれとはまったく違う、ということは知っています。あまりにも情報が少ないので、私が想像を巡らせてやまげさんの意図を創作しました。利己的な遺伝子の乗り物、という表現を解説するのは私の仕事ではないので、誰かお願いします。)

答えは、私はそうは「考えません」。

まず、その答えはまだ誰も知りません。人類がその答えを知るのはまだまだ先の話でしょう。
ならばこれは、そのように「考える」場合と「考えない」場合を比較して、より幸せな方を選べばいいと思います。

私はそのように「考えない」方が幸せに生きられると思っています。

8. Fully Hatter さん
[2017/09/12 21:19:00 JST(UTC+09:00)]

>> 小野瀬 さん
誰しも、間違いと自己矛盾を抱えて生きるものなのさ。

9. たかはら さん
[2017/09/13 12:40:00 JST(UTC+09:00)]

今の人類が「幸せについて語ろうなんて100億万年早い」
というのがよく分からん。
幸せの根本は「種族の繁栄」としてあるかもしれないけど、個人の幸せは時代ごとに変わるはずだから、今語らずしていつ語るの?今でしょ!!ということになると、僕ちんは思うわけであります。

10. たかはら さん
[2017/09/13 12:51:00 JST(UTC+09:00)]

あ、よく分からんってのは語弊があるな。分からなくはない。

11. 小野瀬 さん
[2017/09/13 15:14:00 JST(UTC+09:00)]

自己矛盾を解決できないのは、自己矛盾を抱えて弱者として哀れんで欲しい愚かな人間だけさ。

高原いいこというな!
まあ、幸せについて語るのが100億年早い人たちは、幸せまで100億年かかるってだけじゃない?
それらを人類と呼ぶなら…俺らは超人類とでも名乗ろうか。w

12. 小野瀬 さん
[2017/09/13 15:54:00 JST(UTC+09:00)]

人間は生まれ育った環境によって運命が決まるかどうか、誰もその答えを知らない、か…
その環境が何のためにあったのか、それを深く理解すれば運命は自在に動かせるようになる。

そしてそのことを知り、運命の原因、過程、結果全てが内包された今この瞬間の価値を知り、自分の意識の目的に向かって力強く歩んでいる人は…実は、世の中にごまんといる。

13. Fully Hatter さん
[2017/09/13 23:36:00 JST(UTC+09:00)]

明日返します。
今日は飲み会だったので。

もし私の考えを代弁してくれる人がいれば、よろ!

14. Fully Hatter さん
[2017/09/14 19:33:00 JST(UTC+09:00)]

>> たかはら さん
言いたいことはとてもよく分かります。

時代というものは常に変わっていくし、「幸せ」の形というのはそんな時代の変化に合わせて変わっていきます。少なくともそのように感じられます。
「今」の幸せの基準は「今」しか存在しない。だから、「今」の我々がその幸せを語らなければ、誰もその幸せを語れないじゃないか。
そんな質問の意図かと思います。

結論から言うと私の考えは異なります。

まず、「幸せ」はそれぞれの時代で確実に関連した要素を持っています。
なぜならば、もし各時代で幸せの形が全く違うものであれば、人類はすぐに絶滅するからです。

たとえば人類が誕生してから二十万年の間に、一世代でも食や子育てに「幸せ」を感じない世代があったならば、今の我々は存在していません。
なので、少なくとも幸せの要素の一部は、昔の世代から何らかの形で受け継がれなければいけません。

だとすると、「今」の我々の幸せの形は、人類が誕生してから二十万年の間の幸せの形に大きく影響を受けていることになります。
幸せを語るとは、その二十万年の全てを語る、ということです。

伝わります?

15. Fully Hatter さん
[2017/09/14 19:33:10 JST(UTC+09:00)]

さらなる参考のために、以下に私の「幸せ」の姿の予想図を描いてみます。


■ Fully Hatter の「幸せ」の姿の予想図
人類が「幸せ」を説明できるようになったとしましょう。
そのとき、その「幸せ」の説明書に確実に無くてはならない項目があります。

その説明をする前に、「幸せ」のおさらいです。

「幸せ」には、最初はいろいろなバリエーションがあったかもしれませんが、生き残るのに不適当な「幸せ」の基準を持つ個体はすぐに死にます。
よって、生き残った個体にはある種の偏った「幸せ」のパターンが存在するはずです。
その「幸せ」のパターンの偏りは、この地球を生き抜く上でとても貴重な「情報」なので、世代から世代へ受け継がれなければなりません。(そうでなければすぐに絶滅します)

そうすると、その「幸せ」のパターンの偏りは、地球の環境に大きく依存しています。

ならば、「幸せ」の説明書には、たとえば地球の重力の大きさについて書かれていなければなりません。
我々が今のこの 1.5 ~ 2m くらいのサイズで地球上に存在しているのは、地球の重力が今の程度だからです。
もし今以上に地球が大きな惑星で、重力が今よりも大きいとすると、我々は今の体のサイズを保てず、もしかしたら 0.5m くらいのサイズに落ち着いていたかもしれません。
もしそうならば、我々の生き残るための戦略も大きく変わるはずで、同じように「幸せ」の形も大きく変わるはずです。
我々の「幸せ」はこのように、地球の重力の大きさにかなりの影響を受けているので、それを記載しないわけにはいきません。

16. Fully Hatter さん
[2017/09/14 19:33:20 JST(UTC+09:00)]

そんな感じで例を出せばキリがないですが、もう一つあえて例を。

この宇宙では、すべてのものは「バラバラ」になろうとします。
20度の空気と30度の空気を混ぜて25度の空気にするのは簡単ですが、一度混ざった25度の空気を20度の空気と30度の空気に分けることは容易ではありません。
塩と砂糖をごちゃごちゃに混ぜるのは簡単ですが、塩と砂糖の分離は容易ではありません。

我々の「幸せ」はもちろん、この宇宙の法則にも大きく影響を受けています。
もし「バラバラ」にならない他所の宇宙に生命がいれば、彼らの「幸せ」と我々の「幸せ」はまったく違う形であるはずだからです。
なので、「幸せ」の説明書には、そのような宇宙の法則についても書かれていなければなりません。

たぶん、「幸せ」の説明書は以下のような感じになるのではないでしょうか。

「幸せ」の説明書
第一章 宇宙
- 四つの力『重力』『電磁気力』『強い力』『弱い力』
- エントロピー
:
第二章 地球
- 生命が誕生しうる星の条件
- 地球の特徴
- 生態系
:
第三章 人類
- 生態系における人類の役割
- 脳の構造
- 言語
- 社会構造
- 遺伝子
:
第四章 幸せ
- 幸せの特徴
- 時代による変遷
:

17. Fully Hatter さん
[2017/09/14 19:35:00 JST(UTC+09:00)]

>> 小野瀬さん
↑ まあこんな感じ。

18. 小野瀬 さん
[2017/09/14 20:23:00 JST(UTC+09:00)]

人類とそのほかのものを分けて考えているのかな?全く、傲慢も甚だしいな。
生き残ることが優秀であることの証明となるのであれば、それは他の種・そして自然との共存がうまくできた種だ。そしてどの種が生き残っているのか…人類の歴史が20万年というダーウィンの進化論が間違いであるという説に注目が集まっている今、アクセスが容易な情報のみでは推測することすら難しい。

ということで結論が出しにくい大きい動きからではなく身近な事例から考えてみたいんだけど、君にとっての幸せとはなんなんだい?

19. 小野瀬 さん
[2017/09/14 20:35:00 JST(UTC+09:00)]

人類の…とかじゃなく、自分自身の幸せのことだぞ。

20. たかはら さん
[2017/09/14 20:56:00 JST(UTC+09:00)]

>降旗
丁寧な返信ありがとな!

絶滅するしないの話は、もう一度言うけど、
「種の繁栄」
が幸せの根本にあるということでほぼ答えだと俺は思うわけなのよ。
三大欲求がそうだからな。
だから、今の時代で種が繁栄するために出来ることが幸せで、それが時代によって変わるから、今の幸せは今語らなくてはと思うのだが…
ここで、逆の発想だが、人が感じる「幸せ」が「種の繁栄」に繋がった可能性もあるな。
例えば、人は他の種に比べて食と性に対して過剰に幸せを感じると思うから、だからこそ今まで絶滅しなかったのかもしれないね。
まぁ色んな考えを聞くと楽しいよね。

21. Fully Hatter さん
[2017/09/14 21:12:00 JST(UTC+09:00)]

>> 小野瀬 さん
俺にとっての幸せは、新しいことにチャレンジすることかなぁ。

22. Fully Hatter さん
[2017/09/14 21:18:00 JST(UTC+09:00)]

>> たかはら さん
まあ確かに、今の幸せは今語らないといけないかもな。なんかそんな気もしてきた。
今できる範囲で、幸せについて何かしら語るのも意味があるかもね!

あと、私は Fully Hatter であって、降旗とかいう人とはなんの関係もない人なのでご注意を!
名前と顔と身長が似てるけど、たまたまです。別人です。

23. 小野瀬 さん
[2017/09/15 18:17:00 JST(UTC+09:00)]

いいねえ。新しいことへの挑戦、マズローの欲求階層論の欠乏欲求が満たされて成長欲求が出てきている証拠だな!

てか、人類とその他を分けて考えるのには限界があるぞ。種の繁栄、ってのもそもそも種という区切りは人間が決めてそう分けているにすぎない不確かなものだからな。意識は人間にだけあるわけじゃないし。
そもそも「繁栄」とはなんだ?地球上で数の繁栄を成功させているのはゴキブリだったり、健康を管理された環境にいることができる家畜や愛玩動物は繁栄していると言えなくもないけど、それを幸せと人は呼べるとは思えない。
物質的豊かさについても、それが幸福に必ずしも繋がるかと言われれば実感としてそうではないということは今の日本を経験していたらわかるだろ。居酒屋で飲むオフィスワーク終わりの飲み放題のビールより、子供の頃外で駆け回った後の麦茶の方が美味しかったとは思わない?大人になって手に入るものが増えて、逆に幸せが遠ざかった感覚。俺は会社勤めの時はそれを強く感じていた。

何を繁栄と呼ぶかは個々人の理想を反映する。時代によっては物質的豊かさだったのだろうけど、それが達成されつつある今、繁栄の意味、個々人の理想、つまりは幸せとは何かというものについてはそれぞれが考える必要があるのかもしれないな。
そして人間の心理、(俺はこの言い方反吐がでるほど嫌いだけど)意識のレベルというもので求めるものは変化する。そのため一般論は非常に出しにくく、過去の心理学者も諦めている…というか、意味がないと結論づけている人も多い。養育環境など外部要因により心理が決まるとしているフロイト的な心理学なら一般論は出せるだろうけど、アドラーやユングのように環境や養育環境を心理形成の一部分と捉え人を個人と捉える心理学の考え方の方が今は適していると思う。

そして他人の幸せを知るのは難しいから、まずは自分の幸せを深く考える必要がある。個々人のその探求の先にこそ、真の繁栄は訪れると考えている。俺はそのキーワードは共存と愛、既存の固定観念の払拭にあると確信している。
そんな僕の幸せはいちご100%の北大路さつきに出会うことです。いねえかなあ…さつきみたいな子…

24. Fully Hatter さん
[2017/09/15 23:09:00 JST(UTC+09:00)]

>> 小野瀬 さん
これってたかはらさん向けの文章??

最初に言っとくと、私はあんまり小野瀬さんの言いたいことが分かってないです。
なので、霧の中を手探りで歩く感じで以下の文章を書きます。

『人類とその他を分けて考えるのには限界があるぞ』
これの意味が、すまん、分からん。
私がいままで「幸せ」って言っていたのは「人類の幸せ」についてです。
もちろん、人類は他の種とも大きく関係し合っているから、「人類の幸せ」を語るときには他の種のお話もしなきゃいけない、って感じ。

『種の繁栄』
これは私の言葉ではないので、たかはらさん解説よろ!

■ 私の言いたかったことをもう一度言うと…
・「幸せ」の基準によって、その人の行動には大きな影響がある
・人は今まで絶滅していない
・だから「幸せ」の基準というものは、人を絶滅させない偉大な判断基準である
・それだけ「幸せ」の基準ってのはすごいから、今の人類が「幸せってこういうことだよ」なんて簡単に言える代物じゃないよ

25. 小野瀬 さん
[2017/09/16 20:39:00 JST(UTC+09:00)]

全は一、一は全ということがある程度理解できれば俺の言いたいことが理解できるよ。

26. せる せろり さん
[2019/04/19 01:52:04 JST(UTC+09:00)]

こんにちは。

元もないこと言っちゃいますと、愛する人と心から求めあった記憶が一番幸せです。

27. Fully Hatter さん
[2019/04/21 06:59:22 JST(UTC+09:00)]

> せる せろり さん
やはり、「人との関係性」と「幸せ」は大きく関連している気がしますね。

28. せる せろり さん
[2019/04/21 22:10:13 JST(UTC+09:00)]

こんにちはー。
ご回答ありがとうございますー。

『やはり、「人との関係性」と「幸せ」は大きく関連している気がしますね。』


極端に言って、関連とかでなく、
「幸せとは人との関係性のことである」
と言い切りたいです。
それはそれでいろいろ考察材料になりそうです。

29. Fully Hatter さん
[2019/05/07 12:13:57 JST(UTC+09:00)]

> せる せろりさん
アドラー心理学創始者のアドラーさんも「人間の悩みは全て対人関係の悩みである」と言っていますね。

わたしはこれらの命題には反対の立場です。
(まあ、たぶんわたしがアドラーさんの言わんとすることを理解できていないだけだと思いますが笑)

わたしには、自分以外の全人類が絶滅したその瞬間にすべての幸せや悩みが霧消するとは到底思えません。
アドラーさんは、この世で自分一人になった場合はすべての幸せも悩みもなくなる、と言っていますね。

30. せる せろり さん
[2019/05/18 00:02:12 JST(UTC+09:00)]

こんばんは

Fully Hatterさん
『わたしには、自分以外の全人類が絶滅したその瞬間にすべての幸せや悩みが霧消するとは到底思えません。 』

自分以外の全人類が絶滅するということの異常性は想像をはるかに超えると思います。
ロビンソンクルーソーを想定すればいいのかもしれませんけど、
彼の鈍感さは最初から幸せや悩みと無縁の人間のそれです。

31. Fully Hatter さん
[2019/06/01 15:31:37 JST(UTC+09:00)]

> せる せろりさん
想像にも限界がありますからね。
難しいところです。

32. Fully Hatter さん
[2020/06/17 22:38:21 JST(UTC+09:00)]

面白い質問をいただいたのでこちらにご回答します。

< 質問内容 >
マイヤースさんの研究を引いて「事実」とするのは語弊があるのではないか?
統計においてはあらゆる主観や恣意性を排除することは難しく、それを「事実」と呼ぶのは違うのではないか。
また、過去の偉人の発言よりも上記の科学的データのほうが「有意義」だとする根拠は何か?


< Fully Hatter の回答 >
「事実」を「絶対的に正しい真理」と捉えるならば、ご指摘の通りマイヤースさんの研究は「事実」とは呼べないでしょう。
ただ、残念ながらこの世には「絶対的に正しい真理」などは存在しません。

わたしは、今回のような題材を扱うにあたっては統計的な手法が最も「真理」に近いと考えています。

大前提として、現在の人類の英知ごときではこのような非常に複雑な命題に答えを出すことはできません。
が、いま現在の人類に可能な範囲で最も真理に近いであろう答えが「統計的な手法」だとわたしは思っています。

「統計的な手法」がなぜ最も真理に近いかについてはちょっと説明が長くなってしまうので、最初に『なぜ過去の偉人の言葉よりも統計の方が有意義か?』にお答えします。

33. Fully Hatter さん
[2020/06/17 22:39:18 JST(UTC+09:00)]

< なぜ過去の偉人の言葉よりも統計の方が有意義か? >

その理由は、過去の偉人の言葉よりも統計的手法の方が「再現性」があって「反駁可能」だからです。
ある事象が正しいかどうかを考えるにあたって、上記の 2つは極めて重要です。

「再現性」がない、すなわちその理論を確かめる術がないのであれば、もはやそれが正しいのかどうか分かるはずはありません。
偉人の言葉は往々にして曖昧な表現であったり説明が不足しているため、その意味する言葉を正確に理解することは困難です。
自分の人生を賭けて理解に努め、やっとその意図を理解したと思っても、その理解が間違っている可能性は永久に残ります。
一方で、統計的手法であればそれを計測する方法は明確なので、たとえ異なる人種であれ、1000年後であれ、場合によっては宇宙人に対してでさえ同じ手法でその正否を試行することが可能です。

また、「反駁可能」でない、つまり、その理論についてケチのつけようがない場合、その場合もその正否を論じることはできません。
偉人の言葉はあまりにシンプルなので、たとえ「この場合には成立しないのでは?」と思ったとしても、そもそも元の言葉自体が曖昧なのでいくらでも「解釈」という逃げ道が用意されています。
一方で、統計的手法であればその検証手順は明確なので、そこに何かしらの論理的矛盾や理論のほころびがあった場合には明確にそれを指摘することが可能です。

上記のように、過去の偉人の言葉よりも統計の方が「再現性」があって「反駁可能」なため「有意義」だと考えます。

34. Fully Hatter さん
[2020/06/17 22:41:10 JST(UTC+09:00)]

< 「統計的な手法」がなぜ最も真理に近いか >

一般的な「統計」のイメージと数学や物理の世界における「統計」が大きく異なっているように思いますので、まずはその部分を補足します。

一般的な「統計」のイメージはまさにアンケートのようなものかと思います。
「あなたは男ですか? 女ですか?」というように何人かにアンケートを実施して、世界の男女比を予想するような感じですね。

もちろんこれも「統計」ではあるのですが、このイメージは「統計」の限定的な側面に過ぎません。

「統計」とは本来は、実は極めて数学的な理論体系です。
たとえばある気体について、その振る舞いを予想してみることにします。
物理学の世界では、その物体の運動方程式を解くことで未来の振る舞いを正確に予想できるとされていますが、このアプローチではうまくいきません。
なぜならば、空気中には何兆どころではない大量の粒子が存在するため、その一つ一つについての運動方程式を解くことは現実的ではないからです。

そこで「統計」の出番となります。

「統計」の世界では、一つ一つの粒子の動きを追うことは諦めて、「平均」と「分散」という全粒子の傾向から将来の振る舞いを予測することをその目標とします。
全体としてどういう動きをしているのか、そして、どの程度それぞれがバラバラに動くのか、それらを俯瞰的に測定することで (一つ一つの粒子の動きは分からないけれども) 全体的な未来の動きを予測できます。

このような観点から「統計」を見ると、まさに今回のテーマである「幸せ」という非常に複雑なテーマについて科学的に扱うことができる方法は「統計的手法」以外にはないのではないでしょうか?

35. あなたにとって幸せとは さん
[2020/06/18 10:50:49 JST(UTC+09:00)]

生きていられる
それが幸せ。

36. Fully Hatter さん
[2020/06/18 18:01:48 JST(UTC+09:00)]

> あなたにとって幸せとは さん

生きることが幸せだといえるのは素晴らしいことだと思います。
ただ、最近はちょっと「幸せ」に対するわたしの意識が変わってきました。

実はわたしは、「幸せ」ってあまり重要ではないのではないか、とすら思いはじめています。

「幸せ」= いいこと
「不幸」= 悪いこと

これはもちろん正しいと思います。
が、これには深い含蓄があると感じています。

たとえば、薬物を摂取することで人は簡単に「幸せ」になることができます。
つまり「幸せ」とは、脳にある特定の物質を届けることで簡単に実現できる気持ちであることが分かります。
そうであるならば、人が「常に幸せな気持ち」なまま生きられるように人間という種を設計することは不可能ではない気がします。
薬物を摂取した状態を常にキープできるように、体内でその物質を生成し続けるようなイメージです。

でも、我々は「常に幸せな気持ち」で生きられるようにはできていない。
これには深い意味が隠れているのではないかと思います。

もしかしたら、人を設計した何者かは、人を「常に幸せな気持ち」でいられるようにも設計できたのかもしれない。
でも、その何者かはあえてそうはしなかったのではないか。
あえて人は「不幸」を感じるように作られているのではないか。

もし上記の仮説が正しければ、「幸せ」であること以上に人類にとって大切なことがあるということになります。
なぜなら、もし「幸せ」が最も人類にとって重要であるならば、とっくの昔にもう人類は「幸せ」になっているはずだからです。

「幸せ」以上に大切なこととは、おそらくは「種の保存」ではないでしょうか。
この世に生き残ることができなければその存在は消えてなくなるだけなので、「存在し続ける」ことが生物にとって最も重要である、という考え方はとても理にかなっています。

「幸せ」とは実は、人類という種を生き残らせるための一つの道具に過ぎないのかもしれません。

37. ま さん
[2020/06/18 19:54:08 JST(UTC+09:00)]

感想だけ書かせていただきます。
Fully Hatterさんが「幸せ」とおっしゃっているものは、通常「快楽」と表現されるものに近いのではないかと思います。この二つをもっと区別すると、議論がさらに有意義になるのではないかと思いました。

38. Fully Hatter さん
[2020/06/19 18:07:24 JST(UTC+09:00)]

> ま さん
わたしが言いたかったことは、実は「幸せ」自体の定義ではありません。

それどころか、本文中の「幸せ」という言葉をすべて「快楽」や「喜び」、もしくは「不幸」や「悲しみ」にすら置き換えることもできる内容となっています。

人の感情は単に「よい」「悪い」のレベルを超えた深遠な意味が隠されており、我々はそれを (現時点では) 論じることすらできないよ、というお話でした。

39. あっちゃん さん
[2020/06/20 10:29:35 JST(UTC+09:00)]

No. 32の質問者です。
ご回答ありがとうございました。

まったく触れたことのない視点で、とても新鮮に受け止めさせていただきました。

「再現性」については、私から完全に抜け落ちていた視点ですごく刺さりました。「反駁可能」かどうかという点については、個人的には論理学の枠組みの中では、解釈という「逃げ道」に逃げるというのは「詭弁を弄する」ことであって、統計に明るくない私にとっても邪道だと思いますのでもちろん納得です。

でもどうしても「偉い人の言ったこと」よりも「統計」が「有意義」という点にまだなんとなく納得が行かず、すこし考えを巡らせてみました。(私はどちらも同じように有意義ではないかと考えている派です。)
なぜこの問題が私にとって難しいんだろうと考えてみたところ、私たち人間は「空気」ではなく、観察者でもあり、かつ被観察者であるからだと思います。

確かに、「幸せ」の探求に当たって、被観察者の「主観的」立場を抜け出し、観察者の立場に立つ、ということは、私に完全に欠けていた視点でした。

他方、私はやっぱり主観的立場でもこの問題を考えてみたいとも思うのです。

「人」の比喩として、この空気の粒子に意思があるとして、この粒子が、他の粒子との「暮らし」の中で、なんとか幸せになりたいともがいているとします。

観察者の立場からすると、もちろん、私たちは、この人類という人智の及ばないものを観察するに当たって、統計的に観察するのが賢明というのもすごくわかります。その点にまったく異論はありません。

ただ、その視点が十分に理解できない(もしくはしようとしない)被観察者である粒子の主観的視点からすると、「私の行く末はなんかわかんないけど、どうせ決まっちゃってるってことかも」という決定論的な無力感につながってしまうこともあるように思います。

そこから抜け出すためにできることの一つが、自分自身が観察者になることなのかもしれませんが、別の道もあっていいように思うのです。(続きます。長くなりすみません。)

40. あっちゃん さん
[2020/06/20 10:30:26 JST(UTC+09:00)]

限られた命の中で、自分自身の意志と限られた知識の中で、自分自身の人生に意味を見つけたい、そんな切実な欲求から生まれてきたのが、「非科学的」なものかのかも知れないと考えてみました。(そしてそれが「幸せ」の感覚につながっているのかも知れません。)

もちろん、自分の頭で考えずに鵜呑みにしている人もたくさんいますし、この考えは私の解釈でしかないので、反駁可能ではありませんし、正しいかどうか検証することもできません。

でも、解釈にブレがあるからこそ、こういった対話が可能になり、発想が豊かになったりすることもあると思うのです。

この個々の人間が明日死んでしまうかもしれない、そんな限られた命の中で「今」感じた「幸せ」を、たとえ曖昧な言葉であったとしても、後を生きる人たちのために遺したいと思うことは「有意義さ」において決して「劣っている」わけでもないと思うのです。

こんなふうに、再現性のないこと、多様な解釈が可能でないこと、曖昧なことがこの世から消え去ってしまったとしたら、それはそれでやっぱり味気ない世界になってしまうと思うのです。

とても面白い考察をさせていただきました。ありがとうございました。

※....といいながら、私の書いていることが、マイヤースさんの研究結果に限りなく近づいている気がします。そこは完全に認めます(笑)

41. Fully Hatter さん
[2020/06/20 16:43:51 JST(UTC+09:00)]

> あっちゃん さん

おっしゃりたいことはとても良くわかります。

「偉い人の言ったこと」よりも「統計」の方が有意義だと明言しておいてなんですが、場合によっては逆に「統計」よりも「偉い人の言ったこと」のほうが有意義なケースももちろんかなり多いと思っています。

「有意義」という言葉を、わたしは「誰にとっても普遍的に役に立つもの」という意味で使っていますが、あっちゃんさんにとっての「有意義」の定義がわたしのそれとは若干ずれていることが、ご指摘の内容の大きな理由な気がしています。

そもそも数字が嫌いなひとにとっては「統計」なんて有意義どころか害悪だとすらいえますからね。

散々偉い人のことを軽んじるような発言をしておいて恐縮ですが、わたしは実は、偉い人たちのことはかなり尊敬していますし、その言葉は極めて「有意義」だと思っています。
ただ、「誰にとっても普遍的に役立つ」かどうかという極めて狭い判断基準においては、「統計」のほうに軍配があがるのかな、と思った次第です。

42. あっちゃん さん
[2020/06/21 19:55:47 JST(UTC+09:00)]

ご回答、ありがとうございました。

「普遍的に誰にでも役に立つもの」を目指すのが科学であり、従って、「再現性」や「反駁可能性」(誰にでも検証可能である)が重要、ということ、ようやく理解しました。

まだしっかり腹に落とし込めていないのですが、とても大切なことだと思いました。こういう考え方ができたら、本当に素晴らしいと心より思います。

目に見えている結論だけ見て、正しいだの間違ってるだのと言うのは、簡単だけれども、とても不健全だと感じていたのです。

科学というのはとても深遠な世界なのですね。とても大きな学びをさせて頂きました。ありがとうございました。

43. Fully Hatter さん
[2020/06/25 20:06:14 JST(UTC+09:00)]

> あっちゃん さん
また何でもコメントお待ちしてます!

どなたでもご自由に書き込んでください。
Fully Hatter が愛をもってご返事いたします。


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